雑誌、『建設の施工企画、2010年11月号』に掲載されました。

→PDFでご覧になれます。
資源エネルギーの話をしよう

1.資源を武器とした国家衝突の時代

中国が日本の領土である尖閣諸島や東南アジア地域で問題となっている南沙諸島の領有を主張する,ロシアが政治的に対立するウクライナへの天然ガスパイプラインのバルブを閉める,米国が石油利権の確保のために中東諸国に対して政治介入を行う,中国が漁船船長逮捕の対抗として日本へのレアアースの禁輸をちらつかせる。これらはすべて,資源エネルギーの確保が根底に流れる政治行動であり,資源を武器として使う国家間の戦争である。中国,ロシア,イラク,ベネズエラ,そして眠れる資源の宝庫であるアフリカ諸国が自国利益最優先の資源ナショナリズムを掲げて世界の資源市場に台頭してきた。石油争奪の 20 世紀,そして 21 世紀は各国が資源エネルギー全般の確保を争う時代に入ったかのように見える。
2.どっこい化石燃料の時代はまだまだ続く

オバマ大統領はグリーンニューディール政策を掲げ,中国は風力および太陽光発電の大規模投資を発表し,日本の前首相は国連演説で CO2 の 25%削減を国際公約とした。世界中の先進国では再生可能エネルギー開発の大合唱である。まるで近い将来,石油や石炭などの化石資源の消費が大幅に減少するかのような錯覚をおぼえる。本当にそうなるのだろうか。
図─ 11)をご覧頂こう。これは国際エネルギー機構(IEA:International Energy Agency) が 発 表 し た2030 年までの世界のエネルギー消費予測である。エネルギー消費量は 2030 年時点で 2010 年よりも 40%増加すると予測されている。ここでその内訳をじっくりと見よう。読者諸氏の期待に反して石油,天然ガス,石炭,再生可能エネルギー(風力,太陽光,地熱,水力)について,2010 年と 2030 年ではそれらの比率はほとんど変わらない。2030 年時点でもエネルギー消費の80%は石油,天然ガス,石炭などの化石燃料によると予測されている。世界中で風力,太陽光,バイオマスなどの再生可能エネルギーの開発につとめても,エネルギー消費全体に占める割合はそれほど変わらないのである。地球温暖化防止のための有力なエネルギー源として期待される再生可能エネルギーであるが,化石エネルギー社会を低炭素社会に転換させるには,より一層強力なエネルギーの登場と 20 世紀型物質社会の大転換が必要なのである。では 2030 年において現在よりも 40%増加する世界のエネルギー消費は,何に起因するのだろうか。
3.急増する中国の石炭消費

2009 年に中国(石油換算 22.5 億トン)は米国(同21.7 億トン)を抜いて世界一のエネルギー消費国となったようだ(IEA 発表)。中国での高い経済成長はインフラ施設,自動車所有者,住環境の整備に伴う冷暖房施設の増加をもたらし,エネルギー需要は急増している。中国は 2006 年には米国を抜いて世界最大のCO2 排出国となり,中国の巨大な需要と消費が世界のエネルギー事情に大きな影響を与えるようになった。しかしこれは中国だけの傾向ではない。図─ 22)を見よう。これは OECD 諸国と非 OECD 諸国(中国,インド,ブラジルを含む)の 2005 年と 2030 年のエネルギー消費量である。2005 年には両者のエネルギー消費量は同程度であったが,2030 年には非 OECD がOECD の 1.4 倍になると予測されている。インドもブラジルも高い経済成長を続けており,中国を追って資源エネルギーの大消費地になろうとしているのである。

図─ 2 でもう一つ注目すべきは非 OECD 諸国の石炭消費の増加である。2030 年時点でのエネルギー消費の約 35%が石炭である。エネルギー資源の中で最も CO2 の排出量が多い石炭の消費が今後最も増加する。実は,石油の埋蔵量が中東に約 6 割,天然ガスがロシアと中東に約 7 割と言うように偏在しているのに対し,石炭は世界に広く分布している。中国は世界第1 位の石炭生産国(埋蔵量は世界 3 位),それに米国(同世界 1 位),インド(同 5 位),豪州(同 4 位)と続く。
自国に豊富にある資源を使うことは石炭消費国のエネルギー安全保障上重要なことであり,石炭は石油よりも安心して使えるエネルギー資源なのである。さて,世界第 1 位の石炭生産国であり石炭消費国である中国に注目しよう。実はここから世界のエネルギー問題が垣間見えてくるのである。中国と石炭の関係を以下に箇条書きにする。
・ 中国は世界第 1 位のエネルギー消費国(2009 年IEA 発表)
・ 中国は世界第 1 位の CO2 排出国
・ 中国は世界第 1 位の石炭生産と石炭消費国(世界の約 40%)
・ 中国の石炭火力は中国全体の発電量の約 80%(2009 年時点推定)
いかがだろうか。石炭に特化した中国のエネルギー生産の驚くべき数字である。石炭は化石燃料としては石油や天然ガスに比べて豊富で安価であることから,経済成長の著しい中国の重要なエネルギー供給源となっている。2000 年から8年間には中国で作られた石炭火力発電所は 603 基,これは同時期の世界全体の 64%と言われている。現在猛烈な勢いで作られている中国国内の石炭火力発電所は,日本の最新の石炭火力よりもエネルギー効率が悪く(約 7%劣る),CO2の排出量も多い。そして,それらは今後数十年稼働し続けるのである。中国の経済大国への歩みは始まったばかりであり,2010 年には GDP で日本を抜き米国に次ぐ世界第 2 位の経済大国になると見られている。図─ 3 2)は 2030 年までの世界の石炭消費予測であり,中国の急増ぶりが際だっている。2008 年に石炭輸入国に転じたとされる中国は,2011 年には現在世界第 1位の石炭輸入国である日本を抜くと予測されている。世界最大の石炭生産国が世界最大の石炭輸入国となる。驚くべきは,中国の資源エネルギー需要の量もさることながら,その増加のスピードである。日本の隣国はすさまじい速さで世界中の資源エネルギーを飲み込もうとしている。
4.資源輸入大国日本-独自の資源戦略を持て!-

資源小国の呪縛を捨てよ我々は子供の頃から「日本は資源のない国,加工貿易の国」と教えられ,資源は海外から買うもの,そのために良い工業製品を売って資源を買うお金を稼ぐということを考えてきた。確かに以下の数字を見ると日本は世界中から資源を集めている。
・日本の世界第 1 位: 石炭輸入,天然ガス輸入,レアメタル輸入
・日本の世界第 2 位: 原油輸入,鉄鉱石輸入,銅鉱石輸入
日本は化石資源ばかりでなく,ベースメタル(鉄,銅,鉛,亜鉛など),レアメタル(タングステン,バナジウム,白金など),更には希土類と呼ばれるレアアース(ネオジム,イットリウムなど)でも世界トップクラスの輸入国である。
世界の資源輸入では米国,中国,そして日本の 3カ国が多くの資源で上位を占めている。しかし,米国と中国は資源輸入大国であると同時に資源保有大国でもある。自国の豊富な資源を武器に,その市場に大きな発言力を持つことができるのである。近年中国の資源輸入の急増が話題になる。中国は自国の豊富な資源を消費しつつも,世界中から資源を集める戦略を実行に移している。中国のアフリカ資源外交,海外有力資源開発会社の買収,外国企業との油ガス田の共同開発,そして石炭,レアメタル,レアアースなど自国に豊富にある資源の輸出規制など,中国は戦略的にエネルギー政策を進めている。日本はどうだろうか。一方的な資源輸入国であるにもかかわらず,資源エネルギー戦略がないと言われる。「産業の米」と呼ばれるベースメタル「産業のビタミン」と呼ばれハイテク製品や鉄鋼の生産に欠かせないレアメタルやレアアース,日本は独自の資源戦略を持たねばならない時に来ている。
5.資源小国の呪縛を捨てよ

(1)日本の海 -世界第 6 位の排他的経済水域-

日本は本当に資源のない国なのだろうか。気がつけば中国とその権利を巡って政治問題となっている東シナ海の春暁油ガス田開発があり,事実上そこの石油と天然ガスは中国の支配下にある。第二次世界大戦以前はその南半分が日本領であったサハリン,1980 年代に石油と天然ガスの大規模な埋蔵が確認されたことから,日本からの巨額の投資もあり,現在,世界でも有数の油ガス生産地帯になろうとしている。もし,東シナ海とサハリンの海底に豊富な石油と天然ガスがあることがわかっていたら,日本の戦前戦後の歴史は今と違ったものになっているだろう。今一度考えてみよう。日本は本当に資源小国なのか。日本の国土面積は世界 61 位(38 万 km2),資源は既に学んだように多くを輸入に頼っている。しかし,四方を海に囲まれた 日本,ならば海に目を転じてみよう。日本の領海と排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)を合わせた広さ 447 万 km2は、世界第 6 位である。EEZ とは,国連海洋法条約に基づいて設定される経済的な主権がおよぶ水域のことを指す。

沿岸国は同条約に基づいた国内法を制定することで自国の沿岸から 200海里(約 370 km)の範囲内の水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査と開発に関する権利を得られる。図─ 43)日本の EEZを示す。太平洋に点在する島々が世界第 6 位の面積のEEZ(領海を含む)を日本にもたらしている。この広さは国土面積の 12 倍にもなるのである。そして近年この日本の海に多くの資源が存在していることがわかってきた。

(2)海底の鉱山 -海底熱水鉱床-

海底熱水鉱床とは,海底の割れ目から数キロメートルもしみ込んだ海水が,マグマの熱によって周囲の岩石中に含まれている金属成分を溶かし込んだ熱水となり,これが上昇して温度の低い海底あるいは海底付近に硫化物を形成する。この硫化物の化学組成には地域的特徴はあるものの,一般に銅,亜鉛,鉄などの主要金属元素と金や銀などの貴金属元素が含まれている。これまでの海底調査により,熱水鉱床 1 トンあたりには金が数グラムから十数グラム,銀が数十グラムから数百グラム,銅,鉛,亜鉛では種類によって異なるが数キログラム含まれていることがわかってきた。日本南方海域の伊豆・小笠原弧や九州南西方の沖縄トラフには,海底熱水活動に伴う複数の黒鉱型鉱床が発見されている 4)。これらの水深は 1,000 m 前後と比較的浅く,その地理的位置は日本の陸域に近いこともあり,潜在的な資源としての要素を十分に備えている。日本近海には熱水鉱床が 15 ほどあるとみられる。鉱物種やその資源量を評価するためには詳しい海底地形調査やボーリング調査が必要であるが,日本は決して資源小国ではない可能性が出てきたことは確かなようである。

(3)燃える氷 -メタンハイドレート-

メタンハイドレート(Methane Hydrate)は,メタン(CH4)を水(H2O)が囲む構造の物質であり氷のような固体である。天然ガスの成分であるメタンが含まれているために,非在来型天然ガス資源として注目されている。ある程度の低温と高圧条件下で生成し,海底(Seabed)や凍土(Permafrost)地帯などに存在することが確認されている。メタンハイドレートは低温で見た目はシャーベット状であり,火を近づけると燃え始めることから「燃える氷」と呼ばれる。このメタンハイドレート,日本近海の海底に大量にあることがわかっており(図─ 55)),排他的経済水域内の海底下 15 カ所に分布することが確認されている。15カ所を合わせた資源量は,1996 年の時点で液化天然ガス換算 7 兆 3,500億m3と推計されている。これは現在の日本の液化天然ガス消費量の約 100 年分に相当する6)。日本は比較的早い時期からメタンハイドレート利用の実用化をめざして取り組んできた。この研究で日本は,世界のフロントランナーの役割を果たしている。2008 年に閣議決定された「海洋基本計画」では,メタンハイドレートを将来のエネルギー安全保障上重要かつ有望な国産エネルギーとなりうると位置付け,今後 10 年程度をめどとした商業化を目標に国が先導的役割を担うことが明記された。しかし,深海底からメタンハイドレートを連続的に取り出す技術や海底環境に与える影響についての研究は始まったばかりであり,商業生産への道は平坦ではない。日本は世界最大の液化天然ガス輸入国である。国内消費のほぼ 100%を海外に依存し,2008 年には約 7 千万トンの液化天然ガスが輸入されており,その輸入額は 4.6 兆円を超えている。この分が国内資源でまかなえるとしたならば,エネルギー安全保障に対する大きな貢献であり,更には日本経済に与えるプラスの影響は計り知れないものがある。

(4)海水中にも資源? -レアメタル-

今話題のレアメタルとレアアースは偏在資源の代表選手と言われる。図─ 67)にレアメタルとレアアースの産出量国別割合を示す。中国の圧倒的シェアが際だつ。海水には全元素の約 7 割の種類が溶存しており,ウラン,リチウム,バナジウムなどの有用希少金属の宝庫となっている。ウランについては,溶存濃度に海水全量を掛け合わせると約 45 億トンとなり,世界の原子力発電所で一年間に消費されているウランの 60,000倍になる。日本近海では黒潮により運ばれるウラン量には,年520 万トンと試算されており,陸ウランの経済的に採掘が可能とされる総埋蔵量に匹敵する 8)。

海水中には他にもコバルト,チタン,マンガン,ストロンチウムなど多くのレアメタルが溶存している。海水中からレアメタルを回収するための捕集技術は,ウランでは(独)日本原子力研究開発機構,リチウムでは(独)産業技術総合研究所が長年研究を行っている。更に両者の捕集剤を使った実海域実験では㈶エンジニアリング振興協会の研究がある 9)。これらの研究により捕集剤の吸着能力の向上や捕集方法の改良が重ねられた結果,日本の海水中レアメタル捕集技術は世界の最先端を走っている。読者の中には海水からのレアメタル捕集研究をご存じない方が多いと思う。資源のない日本で,国産資源を求めて世界最先端の研究が行われている。

6.資源開発が求める技術と技術者

21 世紀に入り,日本が直面しているのは経済の再構築と経済成長のための資源エネルギー確保である。日本の資源開発の舞台は海である。水深数百メートルを超える深海での資源開発作業には人間が直接作業に赴くことができない。図─ 710)
は海底熱水鉱床の生産概念図である。海底に掘削機を降ろし,掘り砕いた鉱石を海上の母船までライザー(海底掘削機械と海上の母船を結ぶパイプ)で吸い上げる。海底では無人化された掘削機が母船からのリモートコントロールにより海底を走りしながら掘削や集積作業を行うことになる。この無人化技術こそが海底資源の開発に最も必要とされるこれからの技術開発課題である。更に,母船,洋上施設,ライザー,海底作業機械などなど,個別の機材の開発に加えて,資源開発には調査,探鉱,試掘,資源量の評価,採鉱,生産,輸送,製品化,流通,そして環境保全やモニタリングといった各種機材やシステムを総合的にオペレートするエンジニアリング技術が必要とされる。
資源エネルギーを開発する巨大プロジェクトを遂 行 す る た め に は 3E 技術(Energy エ ネ ル ギ ー,Environment 環境,Engineering エンジニアリング)の知識が必要である。それを備えられるのはこれまで国土の開発に携わってきた土木建設技術者ではないかと筆者は思うのである。

7.最後にもうひとつ

そうそう,日本が挑むべき資源エネルギー問題は化石資源や鉱物資源だけではない。日本の食糧海外依存度 60%も忘れてはいけない。

《参 考 文 献》←クリック

1)“Facing The Hard Truths About Energy,” National Petroleum Council,July 18,2007,USA.

2)“One Year Later,An update presented to the National Petroleum Council,” National Petroleum Council,September17,2008,USA.

3)海上保安庁ホームページ http://www.kaiho.mlit.go.jp/

4)飯笹幸吉(2008)「わが国の排他的経済水域内の海底熱水鉱床について」,第48回海洋フォーラム

5)(独)産業技術総合研究所ホームページ http://www.aist.go.jp/

6)十市 勉(2008)「埋蔵量 100 年分の国産資源「燃える氷」を商業化できるか?」,日経BP社

7)世界資源マップ 2007 年度データ,ダイヤモンド社

8)玉田正男他(2006)「モール状捕集システムによる海水ウラン捕集のコスト試算」,日本原子力学会和文論文誌,Vol.5,No.4,pp.358-363

9)中澤直樹他(2008)「海水中希少金属の捕集実験」,土木学会海洋開発論文集,pp309-314,2008年6月25日

10)Technip 社ホームページ http://www.technip.com/en